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東京地方裁判所 昭和59年(タ)438号 判決 1985年6月13日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 塚原英治

同 勝山勝弘

被告 A

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原告と被告との間の未成年の子C子(西歴一九八〇年(昭和五五年)七月二二日生)の親権者を原告と、B(西歴一九七六年(昭和五一年)六月五日生)の親権者を被告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べ、証拠として《証拠省略》を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

1  原告(昭和二七年九月一三日生)は日本国民であり、被告(西歴一九四一年一〇月一一日生)はフィリピン国籍を有するものであるところ、右両名は、昭和五一年九月一日フィリピン共和国において同国の方式により婚姻し、さらに昭和五二年二月二八日在マニラ日本国総領事あてに婚姻届を提出した。

2  原告は、昭和四九年一二月、芸能プロのマネージャーとして来日した被告と知り合い、昭和五〇年四月在日フィリピン大使館において被告と婚姻手続をとり、同居生活をはじめ(しかし、在日フィリピン大使館での婚姻手続は、被告の独身証明がなかったため正式に受理されなかった。)、昭和五〇年一〇月、被告とともにフィリピンに渡り、当初サンバレス州オロンガポ町の被告の姉の家に、昭和五一年二月からはパンパンガ州アラヤット町の被告の実家に居住し、原告の母からの送金により生活していた。昭和五一年六月五日長男Bが出生した。

3  原告と被告は、昭和五一年一一月、生活苦のため長男を被告の実家に預けてマニラに出て共働き(原告は旅行者のためのガイド業、被告はクラブマネージャー)をするようになったが、被告は生活費を全く入れず、持ち出しの状況であったうえ、被告の実家への送金も原告の負担とされたため、同年六月ころから金銭問題で口論するようになった。被告は、昭和五三年一月から土木関係の事業を始め、月のうち半分位家を空けるようになり、「明日帰る」と言って仕事に出ても、何の連絡もなく三日は帰ってこないということが続いた。その間も被告は生活費を全く入れなかった。

4  原告は、被告がいつ帰るのか、どこにいるのか分らないという状態に堪えられず、昭和五五年一月被告との話合いにより別居し、原告はマニラに、被告はアラヤットにそれぞれ居住することにした。同年七月二二日長女C子が出生した。原告と被告は、昭和五六年三月、もう一度やり直すべく別居を解消し、マニラで同居を始めたが、被告の生活態度は変らなかったので、原告は離婚を考え、同年四月日本に帰国した。しかし、子供のことを考えて再びフィリピンに戻った。被告は、原告の勧めで観光運転手の職についたが、これも長続きせず、共有の車を売却して遊興費に充てたり、原告の指輪、イヤリング、ネックレス、服などを持ち出して処分したりした。原告が被告にもはや金銭的援助はできない旨告げると、被告はガイドのライセンスを隠したり、出先までつきまとったりして原告のガイドの仕事を妨害したり、原告に殴る蹴るの暴力を振るうようになった。

5  原告と被告は、昭和五七年二月、原告が子供二人を引き取り日本に帰国することで離婚に合意した。ところが、被告は、同年四月一日原告の留守中に家財道具一切と原告の宝石(時価二五〇万円相当)を持ち去り、子供二人も連れ去った。被告は同年四月一七日長女のみは義母になつかず育てられないとして連れてきたので、原告は同月二〇日長女を連れて日本に帰国し、以後日本で暮している。

6  ところで、離婚の準拠法は夫である被告の本国法によるべきところ、フィリピン共和国法では離婚が認められていないので、以上のとおりの本件については、法例三〇条により同国法の適用を排除し日本民法を適用すべきところ、前記事実は民法七七〇条一項五号に該当するので、原告は被告との離婚を求める。なお、原・被告間の長女C子の親権者は原告と、長男Bの親権者は被告と定めるのが相当である。

二  被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因事実のほか、被告には、原告との婚姻当時既にフィリピン女性との間に三人の子がいて(その女性と被告が正式の婚姻をしていたかどうかは不明)、被告の実家で被告の母と暮していたこと、被告は、フィリピンでの婚姻生活の期間中常に原告の経済力に頼ろうとして原告に対し金銭を無心し、原告がこれを拒むと口論となり、家のなかで金銭を探し回わって見つからないときには原告に対し暴力を振うのみならずピストルを突き付けたりしたこともあったこと、昭和五九年八月以降原告と被告との間では何の連絡もとられておらず、原被告の婚姻は完全に破綻していることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

二  本件離婚の準拠法は、法例一六条により夫たる被告の本国法、すなわちフィリピン共和国の法によるべきところ、同国法は離婚に関する規定を欠き、したがって離婚については反致もまた認められていないものと解される。

しかしながら、本件は妻たる原告が日本国民であり、しかも日本に住所を有していること、前記認定のとおり原告・被告間の婚姻は完全に破綻しており、その破綻の原因が主として被告にあることなどからすると、かかる場合にまで、なお夫の本国法であるフィリピン共和国法を適用して離婚を認めないとすることは、わが国における公の秩序、善良の風俗に反する結果になるものといわざるをえない。したがって、本件においては、法例三〇条により前記フィリピン共和国法の適用を排斥し、法廷地法であるわが国の民法を適用すべきである。そして、前記認定の事実によれば、原告・被告間の婚姻関係は既に破綻し、その回復が期待できないことは明らかであって日本民法七七〇条一項五号に該当するから、原告の本訴離婚請求は理由がある。

三  また、離婚に伴う子の親権者の指定は、離婚に際し必ず処理されるべき事柄であるから、離婚の準拠法に従うものと解するのが相当であり、したがって本件における親権者の指定についても日本民法が適用される。そして、前記認定の諸事実によれば、原告・被告間の長女C子の親権者は原告と、長男Bの親権者は被告と定めるのが相当である。

四  よって、原告の本訴離婚請求は理由があるからこれを認容し、原告・被告間の長女C子の親権者を原告と、長男Bの親権者を被告と定め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 加藤謙一 石田浩二)

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